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神戸地方裁判所 昭和55年(ワ)532号 判決 1982年8月30日

原告 斎藤勝一

被告 ネッスル日本株式会社

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、二万五六六七円を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する被告の答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  原告の請求の原因

1  被告は、インスタント・コーヒー等の食品の製造、販売を主たる目的とする外資系の株式会社であり、原告は、昭和四〇年一二月一日被告に雇用され、東京販売事務所に勤務し、被告の従業員で組織されるネツスル日本労働組合(以下「組合」という。)の組合員である。なお、原告は、昭和五五年一月当時、被告から賃金は毎月末日締切、翌月二五日払の約定で、支給を受ける旨を約定していた。

2  被告に雇用される従業員の給与その他の労働条件については、昭和四六年以降、被告と組合との間に締結された労働協約(以下「協約」という。)に準拠して定められるが、協約第九ないし第一一条は、いわゆる在籍専従制度を定めているところ、原告は、右各規定に基づき、昭和五〇年一〇月一日から昭和五四年一〇月三一日までの満四年一か月の間、組合専従者(以下「専従者」という。)であつた。

3  (一) 被告における年次有給休暇の取得については、協約第四五条によれば、「第一年次は九又は六労働日、第二年次は一〇労働日、それ以降は一〇日に前年の一二月三一日現在で勤続一年を増す毎に第二年次に加えて一労働日を追加する。但し、一年間の日数は二〇労働日を超えないものとする。第一二年次及びそれ以上は二〇労働日(又は四週間)とする。」旨が規定されている。

(二) また、協約第一〇条第三項によれば、「専従者の任期の全期間は勤続年数より差引かない。」と規定され、更に、協約第一一条によれば、「会社は、専従者の復職の際、勤務の中断が全くなかつた場合と同等水準の地位賃金及び有給休暇の権利を保証する。」と規定されている。

(三) 以上の各規定からすれば、原告は、右専従期間中、正常に勤務したものであり、昭和五四年一一月一日専従者から復職した際、一二年以上勤続したものとして、二〇労働日の有給休暇を取得したものである。

4  仮に右3の主張が認められないとしても、原告は、専従者となつた昭和五〇年において協約第四五条により一八労働日の有給休暇及び前年度繰越の六労働日の有給休暇、以上合計二四労働日の有給休暇を有していたところ、同年中、二〇日の休暇を使用したから、右有給休暇は四労働日が残存する。

そして、協約第一一条によれば、前述のとおり、被告は、専従者の復職の際、勤務の中断が全くなかつた場合と同等の水準の地位等を保証するのであるから、原告は、専従者から復職した昭和五四年一一月一日から同年一二月三一日までの間に、右四労働日の有給休暇権を行使できたものである。

5  ところで、原告は、昭和五四年一二月一一日、被告に対し、同年一二月一九日から同月二一日までの三日間の有給休暇をとる旨の届出をし、右三日間の有給休暇を使用した。

6  しかるに、被告は、原告の組合専従中の昭和五三年の出勤率が零であるため、協約第四七条の「前年中の出勤が全所定労働日の八〇パーセントに満たない従業員に対しては、欠勤日数に比例して削減した有給休暇を与える。」との規定に従えば、原告が昭和五四年の有給休暇権を有しないとして、右三日間を年次有給休暇として扱わず、欠勤として扱い、賃金支払日である昭和五五年一月二五日に昭和五四年一二月分の賃金から右三日分の賃金二万五六六七円を控除し、支払わなかつた。

なお、右未払賃金の計算方法は、次のとおりである。

一七二、九〇〇(基本給)÷一六一・六七(一か月の労働時間数)×二四(三日分の労働時間数)=二五、六六七円

7  よつて、原告は、被告に対し、前記未払賃金二万五六六七円の支払を求める。

二  請求の原因に対する被告の認否

1  請求の原因1、2、3の(一)、(二)の各事実は認める。

2  同3の(三)の事実のうち、原告が昭和五四年一一月一日当時一二年以上勤続したことは認めるが、その余の点は否認する。

3  同4の事実は否認する。

4  同5の事実のうち、原告が昭和五四年一二月一一日被告に対して原告主張の三日間の有給休暇の申請をし、右三日間出勤しなかつたことは認めるが、その余の点は否認する。

被告は、原告の右休暇の申請に対し、原告に対して原告が昭和五四年度の有給休暇がなく、万一出勤しなかつたときは、欠勤となる旨を通知していた。

5  同6の事実は認める。

三  年次有給休暇の取得に関する双方の主張

1  被告

(一) 協約第一一条の文言、解釈

協約第一一条に規定する「勤務の中断が全くなかつた場合と同等水準の……有給休暇の権利を保証する。」との文言は、専従者については、専従期間中、被告の業務に全く従事しない期間があつても、これは、年休加算(労働基準法(以下「労基法」という。)第三九条第二項)との関係では全く中断がなかつたものとして取り扱うということを保障しているにすぎず、それ以上に、原告主張のように「正常に勤務したもの」として取り扱うことまでを意味するものではない。けだし、原告主張のように取り扱うためには、専従者については、復職の際に「専従期間中といえども、出勤したものとみなす」旨を規定しなければならないからである。

そして、労基法第三九条の解釈においても、一般に、専従者は、組合業務に専従している以上、その期間中は出勤しないから、出勤率が八割に達しない年度の翌年には休暇権は生じないとされている。

(二) 協約第一一条の改定の沿革

協約第一一条を右(一)のとおりに解釈すべきことは、同条の改定の沿革に照らしても明らかである。すなわち、

(1) 現行の協定は、昭和四六年五月二七日に締結されたものであるが、昭和四八年一二月一日に改定されたものである。

(2) 右改定前の協約第一三条によれば、「会社は、専従者の復職の際、勤務の中断が全くなかつた場合と同等水準の地位及び賃金を保証する。」と規定され、有給休暇の権利の文言はなかつたが、右地位及び賃金には、当然、有給休暇の権利も含まれるものと考えられていた。そして、組合側としても、右規定中の「勤務の中断が全くなかつた場合」の意味については、専従者が専従期間中も勤続を加算されるということを期待していたにすぎず、「正常に勤務した」ということをも期待していたものではなかつた。

(3) ところで、組合は、昭和四七年上部団体である食品労連に加盟したのち、各種の連絡会議に出席するようになるうち、同一傘下の組合と比較して、専従者の復職後の有給休暇を問題視するようになり、将来、労使間で紛争が発生した場合の対処方法として、明文化すべきであるとの意見と従前の規定でも十分であるとの意見との対立があつた。そして、組合は、昭和四八年四月一〇日開催の協約改定の交渉の際、被告に対し、口頭で右明文化を申し入れた結果、現行の協約第一一条が規定されるに至つた。

加えるに、右協約改定の交渉の際にも、被告と組合との間では、協約第一一条にいう「勤務の中断が全くなかつた」とは、「勤続年数が継続している」ことの意味であることが確認された。もし原告主張のように、右協約の改定により、労基法第三九条第一項、第二項所定の年次有給休暇権について専従者の専従復帰後の専従期間の取扱に関して(イ)継続勤務の要件、(ロ)八割以上出勤の要件のうち、右(ロ)の要件を取り除く趣旨であれば、被告と組合との間で、もつと具体的な協議が行われるべきであるのに、右のような協議はなく、また、これに関する具体的な文言が挿入されることもなかつた。

右のような協約第一一条の改定の経過からすれば、改定前の第一三条、改定後の第一一条における有給休暇の問題は、いずれも専従者の復職後の地位、賃金と同様に扱うべきものであり、「勤務の中断が全くなかつた場合」とは、専従期間も勤続期間とみなして勤務が中断せず、勤続年数として評価され、勤続年数を加算することになる趣旨であると解される。

(三) 協約における関連規定

協約第一一条を右(一)のとおりに解釈すべきことは、協約における関連規定に照らしても、合理的である。すなわち、

(1) 協約第一〇条によれば、原告主張のとおり「専従者の任期の全期間は勤続年数より差引かない。」と規定され、協約第二八条にも同趣旨が規定されているので、一見、協約第一〇条、第二八条は、協約第一一条と同趣旨の規定をしたものとも解される。しかし、右第一〇条は専従者の専従中の地位及び条件の側面から、右第二八条は勤続年数の側面から、右第一一条は専従者の復職後の側面からそれぞれ協約上に確認的に規定されたものであつて、何ら不合理な点はない。

(2) 協約第六三条によれば、賞与は、専従者に対して支払われず、また、専従者が賞与対象期間の途中で復職した場合には、賞与対象期間に対する現実に出勤して労働した期間の比率によつて算定して支給されるものとされ、組合もこれを当然のこととして了解してきた。ところで、原告主張のとおり、協約第一一条に関し、有給休暇に限り、専従者が専従期間中も正常に出勤したものと解するとすれば、これは、右賞与の取扱とも矛盾し、不合理である。

(3) 協約第四七条によれば、「前年中の出勤が全所定労働日の八〇パーセントに満たない従業員に対しては、欠勤日数に比例して削除した有給休暇を与える。但し、出産休暇は削減の対象としない。」と規定されている。ところで、出産休暇についての右但書の規定は、労基法第三九条第五項によつて出産休暇は有給休暇については出勤とみなす旨が規定されているところに従い、昭和四八年の協約改正に際し、挿入されたものである。そこで、原告主張のとおり専従者についても右第四七条本文を適用除外とするのであれば、同条にその旨の規定がないのは不合理である。

(四) 昭和五四年の事務折衝、団体交渉の経過

(1) 組合は、昭和五四年一〇月一日、原告が専従者から復職するに先立ち、被告との間で、事務折衝をした。その際、組合の書記長である訴外大原勝弘は、被告側に対し、原告が専従者となつた昭和五〇年一〇月一日当時保有していた有給休暇四日と昭和五四年分の有給休暇として出勤することになる同年一一月分及び一二月分に相応する二〇日に一二分の二を乗じた日数の休暇を支給して貰いたい旨を述べていたにすぎず、原告の本訴におけるような主張をしたことはなかつた。

(2) また、組合は、その後二回にわたり、被告との間で、原告の復職について団体交渉を行つたが、その際にも、原告の本訴におけるような主張をしたことはなかつた。

(五) 年次有給休暇の削減方法

(1) 本件については、有給休暇の日数の計算方法と右(三)の(3)に述べた協約第四七条による休暇の削減方法とは何ら関連性がない。

すなわち、労基法第三九条第一項によれば、使用者は、前年度八割以上出勤していない労働者に対しては、翌年度に有給休暇を与えなくてもよい旨が規定されている。そして、協約第四七条によれば、前年度八割以上出勤していれば、翌年度の有給休暇の日数に削減されることがないとされ、労基法第三九条第一項の規定どおりであるが、ただ、前年度八割未満出勤の従業員に対しては、翌年度の有給休暇の日数を零とせず、その従業員の欠勤日数に比例して削減した有給休暇を与えることとしている。そして、右の前年度の出勤率については、現実に出勤した日数に基づいて算定されることは当然である。

(2) 原告は、昭和五三年度は専従者として現実には全く出勤していない以上、昭和五四年度において有給休暇を取得できないものである。

(六) 専従者復職時における復職前の有給休暇の取扱

(1) 原告は、請求の原因4において専従者からの復職時に復職前残存していた有給休暇権を行使できる旨主張する。しかし、協約第五〇条によれば、有給休暇は翌年度に繰り越すことができるにすぎず、また、年次有給休暇権は二年間で時効によつて消滅すると解され、しかも、当事者の合意により右期間を伸長できないことに照らして、右主張は理由がない。また、原告主張のように解すれば、右(三)の(2)に述べたような賞与支給の対象期間についての取扱とも均衡を失することになり、不合理である。

(2) 次に、協約第一一条にいう「勤務の中断が全くなかつた場合」とは、前述のとおり専従者の復職時の地位等については、専従期間も勤続期間とみなして勤務が中断せず、勤続年数として評価して取り扱うことを意味するにすぎず、専従者が復職した際に復職前の勤務期間と復職後の勤務期間とが接続して取り扱われるものとは解されない。けだし、有給休暇制度は、法律上も協約上も、すべて暦年における年単位を基準として取り扱われてきたからである。

2  原告

(一) 年次有給休暇取得の要件

被告における有給休暇取得の要件は、請求の原因3の(一)記載の協約第四五条による勤続年数のみを基礎として加算されることであつて、労基法第三九条に規定するような一定期間の勤務の継続や一定割合以上の出勤率は要件とされていない。ただ、被告の前記1の(五)、(1)の主張のとおり、協約第四七条によれば、前年度八割未満出勤の従業員については、一定の限度で有給休暇の日数が削減されるにすぎない。

そして、原告は、専従者として、協約第一〇条によつて専従者の任期の全期間が勤続年数から差し引かれることがなく、また、協約第一一条によつて有給休暇の加算との関係でも勤務の中断が全くなかつたこととなり、前述のとおり、昭和五四年度は協約第四五条によつて第一二年次及びそれ以上の勤続者に該当し、二〇労働日又は四週間の有給休暇を取得した。

(二) 協約第一一条の改定の経過

協約第一一条における有給休暇の加算との関係でも勤務の中断が全くなかつたとする規定部分は、被告の前記1の(二)、(1)、(2)の主張のとおり改定前の協約第一三条を改定したものであり、これにより、専従者の有給休暇については、協約第四七条とは異なつた取扱がされることとなつた。これは、専従者が組合専従から復職した際、協約第四七条によつて有給休暇の日数について削減されることになれば、組合においては専従者のなり手がなくなるため、被告に対し、右のような協約第一一条の改定を要請したものである。

(三) 協約における関連規定

協約第一〇条によれば、「専従者の任期の全期間は勤続年数より差引かない。」と規定され、また、協約第二八条によれば、専従期間は「勤続年数から控除しない。」と規定されているから、協約第一一条を被告主張のとおり協約第一〇条、第二八条と同様に、「勤続年数が継続している。」旨を意味するだけの規定と解釈すれば、右第一一条の規定は、意味不明となり、少なくとも全く他の規定と重複する無意味な規定となる。したがつて、協約第一一条が改定されたのは、専従者の有給休暇の日数については、一般従業員と同様の取扱を確保し、専従期間を除外して有給休暇の計算に関する協約第四四条を適用することを目的としたものである。

(四) 一般従業員との差別

専従者は、復職の際、一般従業員と差別がないことが建前とされなければならない。ところが、被告主張のような取扱をすれば、専従者は、復職が次年度以降となれば、専従となつた当時に未消化であつた有給休暇権の行使ができなくなり、また、復職の第一年目は前年の出勤がないから、新規採用者と全く同様の取扱を受けることとなり、継続して勤務していた者との間に著しい差別、不平等を招来することとなる。そして、このことは、年功制度が普遍化しているわが国の現状においては、専従者の地位を極めて不安定なものとし、専従制度に打撃を与え、組合活動を困難にするものである。

第三証拠<省略>

理由

一  請求の原因123の(一)、(二)の各事実、同3の(三)の事実のうち、原告が、昭和五四年一一月一日当時、一二年以上勤続したこと、同5の事実のうち、原告が、昭和五四年一二月一一日、被告に対し、原告主張の三日間の有給休暇の申請をし、右三日間出勤しなかつたこと、同6の事実は、当事者間に争いがない。

二  まず、原告は、協約第四五条、第一〇条、第一一条の各規定により、専従期間中も正常に勤務したものであり、昭和五四年一一月一日復職した際、一二年以上勤続したものとして、二〇労働日の有給休暇を取得した旨主張し、被告は、原告が復職した昭和五四年の前年中の出勤が零であつたため、昭和五四年には有給休暇を取得しないと争うので、判断する。

1  (一) 被告に雇用される従業員の労働条件について定めている協約には、左記のとおりの有給休暇に関する規定があることは、当事者間に争いがない。

(1)  第四五条(有給休暇の日数)に「第一年次は九又は六労働日、第二年次は一〇労働日、それ以降は一〇日に前年の一二月三一日で勤続一年を増す毎に第二年次に加えて一労働日を追加する。但し、一年間の日数は二〇労働日を超えないものとする。第一二年次及びそれ以上は二〇労働日(又は四週間)とする。」旨の規定

(2)  第四七条(休暇の削減)に「前年中の出勤が全所定労働日の八〇パーセントに満たない従業員に対しては、欠勤日に比例して削減した有給休暇を与える。」との規定

(二) 次に、成立に争いのない甲第一号証によれば、有給休暇の計算の基礎に関し、協約第四四条には「各暦年毎に従業員に対し下記の計算方式に基づき年次有給休暇を与える。一 第四五条に規定された前年一二月三一日における勤続年数 一 第四七条に規定された前暦年中の実出勤日数」と規定されていることが認められる。

(三) 以上述べたところによれば、被告における有給休暇取得の要件としては、(イ)協約第四五条に規定された勤続年数と(ロ)協約第四七条に規定された前暦年における実出勤日数とであるというべきである。

2  (一) 次に、協約には、左記のとおりの専従者の有給休暇に関する規定があることは、当事者間に争いがない。

(1)  第一〇条(専従者の地位及び条件)に「専従者の任期の全期間は勤務年数より差引かない。」との規定

(2)  第一一条(専従者の復職)に「会社は、専従者の復職の際、勤務の中断が全くなかつた場合と同等水準の地位賃金及び有給休暇の権利を保証する。」との規定

(二) また、前掲甲第一号証によれば、勤続年数に関し、協約第二八条には、組合専従者に就任した場合の期間は勤続年数から控除しない旨が規定されていることが認められる。

(三) 以上述べたところによれば、専従者は、協約第一〇条、第二八条により、専従の任期の全期間が勤続年数から控除されることがないので、有給休暇取得に関する協約第四五条所定の勤続年数についても控除されることがないから、有給休暇取得の前記(イ)の要件については、専従期間を勤続年数に加算されるものというべきである。

3  原告は、協約第一一条により、専従者は専従期間中も勤務の中断が全くなかつた場合、すなわち、出勤の中断が全くなかつた場合と同様に扱われるから、有給休暇取得の前記(ロ)の要件については、有給休暇の削減に関する協約第四七条は右専従期間について適用されない旨主張する。これに対し、被告は、協約第一一条による「勤務の中断がなかつた場合」とは、専従期間も勤続年数として評価して取り扱う趣旨であるにすぎない旨主張するので、検討する。

前掲甲第一号証中の協約の他の諸規定の文言のみを斟酌しても、原・被告の右各主張のいずれをもつて正当とするかは決し難いというべきである。ところで、すでに判示したところによれば、被告の従業員の給与その他の労働条件は、被告と組合との合意によつて定められていたから、右合意において、専従者が復職した場合の有給休暇の日数について協約の前記各規定をどのように理解していたかを中心とし、それに現実の運用等を勘案して判断すべきものと考えられる。

(一)  まず、協約第一一条が改定された経過について、検討する。

前掲甲第一号証、成立に争いのない甲第一三、第一四号証乙第一、第二号証、証人臼井久祐の証言により真正に成立したと認められる乙第五号証の一、二、証人臼井久祐、同大原勝弘の各証言、原告本人尋問の結果(但し、証人大原勝弘の証言のうち、後記信用しない部分を除く。)を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 現行の協約は、昭和四六年五月二七日締結されたものであるが、昭和四八年一二月一日改定された。

(2) 右改定前の協約第一三条によれば、「会社は、専従者の復職の際、勤務の中断が全くなかつた場合と同等水準の地位及び賃金を保証する。」と規定されていた。そして、右改定前当時、被告と組合との間においては、右にいう「勤務の中断が全くなかつた場合」の意味については、専従者が専従期間を勤続年数に加算され、これが有給休暇の日数の加算についても適用される趣旨であると理解し、組合側としても、それ以上に専従期間中も出勤したものとして扱われることを期待していたものではなかつた。

(3) ところで、組合は、昭和四七年上部団体である食品労連に加入したのち、各種の連絡会議に出席しているうち、傘下の組合との比較から、専従者の復職後の有給休暇を問題とするようになり、従来、労使間で、紛争が発生した場合の対処方法として明文化すべきである旨の意見が生じてきた。他方、組合内においても、専従者の有給休暇の問題については、従前の協約第一三条によつても対処できる旨の意見があつた。

(4) そして、昭和四八年四月一〇日開催の協約改定の交渉の際、組合は、被告に対し、口頭で改定前の協約第一三条に有給休暇の権利の文言を挿入することを申し入れた結果、現行の協約第一一条が規定されるに至つた。そして、右交渉の際、被告と組合との間においては、「勤務の中断が全くなかつた」とは、勤続年数が継続していることの意味であることが確認されたが、これが専従期間中も出勤したものとして扱われることを意味するような点に関する協議や合意はされたことがなかつた。

(5) なお、昭和四八年の協約改定にあたり、有給休暇の削減に関する協約第四七条の改定として、「但し、出産休暇は削減の対象としない。」との但書が規定されたが、その際も、同条の適用除外として、専従者の専従期間が問題とされたことはなかつた。

右のような事実が認められ、証人大原勝弘の証言のうち、右認定に反する部分は、前掲各証拠に対比して、たやすく信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  次に、協約第一一条の改定後の経過について、検討する。

証人臼井久祐、同大原勝弘の各証言、原告本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 組合は、昭和五四年一〇月一日、原告が復職するに先立ち、被告との間で、事務折衝をしたが、その際、組合の書記長である大原勝弘は、被告側に対し、原告については原告が専従者となつた昭和五〇年一〇月一日当時に有していた有給休暇の未使用分である四労働日と昭和五四年分として出勤することになる同年一一月及び一二月分に相応する二〇労働日に一二分の二を乗じた労働日を有給休暇として支給して貰いたい旨を申し入れたが、協約第一一条について原告の本訴におけるような主張をしたことがなかつた。

(2) 組合は、その後昭和五四年一一月二九日及び同年一二月一〇日の二回にわたり、被告との間で、原告の復職について団体交渉を行つたが、その際も、協約第一一条について原告の本訴におけるような主張をしたこことがなかつた。

右のような事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  次に、協約における関連規定について、検討する。

(1) まず、前述したとおり、被告における有給休暇の要件としては、協約第四七条本文における前暦年における実出勤日数が規定されているところ、その適用除外とされるのは同条但書所定の出産休暇(労基法第三九条第五項参照)のみである。

(2) また、前掲甲第一号証、証人臼井久祐の証言を総合すれば、被告の従業員に対して支給される賞与に関する協約第六三条によれば、賞与は、専従者に対しては支払われず、専従者が賞与対象期間の途中で復職した場合においては、賞与対象期間に対する現実に出勤して労働した期間の比率により算定して支給される旨が規定されていること、これは、組合側も当然のこととして了解して適用されてきたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、協約第一一条に関し、有給休暇に限り、原告主張のとおり専従者が専従期間中も出勤したものと解することになれば、これは、右賞与に関する取扱とも矛盾し、不合理であるといわなければならない。

(3) 更に、原告は、協約第一一条にいう「勤務の中断が全くなかつた場合」の意味を被告主張のとおり専従期間を勤続年数に加算する趣旨であると解すれば、同条は専従者の地位及び条件に関する協約第一〇条、勤続年数に関する協約第二八条の各規定と重複し、無意味な規定となる旨主張する。しかし、すでに判示したところからすれば、右第一〇条は専従者の専従中の地位及び条件の側面から、第二八条は勤続年数の側面から、第一一条は専従者の復職後の側面から、それぞれ協約上に専従期間と勤続年数との関係を確認的に規定したものと解される。

したがつて、右各規定の趣旨において重複する点があつたとしても、このために、協約第一一条は、意味が不明で、無意味な規定であるとはいえないというべきである。

(四)  以上述べたところによれば、協約第一一条にいう「勤務の中断が全くなかつた場合」とは、専従者の復職後の地位、賃金、有給休暇の権利については、専従期間も勤続期間と評価して勤続年数が継続しているものと取り扱う趣旨であるにすぎず、それ以上に専従期間中も出勤したものと取り扱う趣旨ではないというべきである。したがつて、協約第一一条によつて有給休暇の削減に関する協約第四七条が専従期間について適用されないものとはいえないから、原告のこの点に関する主張は採用することができない。

4  以上の次第で、原告は、昭和五四年一一月一日復職した際、一二年以上勤続したものとして二〇労働日の有給休暇を取得したものとはいえず、前年中の出勤が零である以上、昭和五四年度には有給休暇を取得しないものというべきである。したがつて、原告の前記主張は採用することができない。

三  次に、原告は、専従者となつた昭和五〇年において二四労働日の有給休暇を有し、二〇日の有給休暇を使用し、差引四労働日の有給休暇を残存したから、復職後の昭和五四年一一月一日から同年一二月三一日までの間に、右四労働日の有給休暇権を行使できる旨主張するので、判断する。

1  原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したと認められる甲第一五号証を総合すれば、原告は、専従者となつた昭和五〇年において二四労働日の有給休暇を有し、二〇日の有給休暇を使用し、差引四労働日の有給休暇を残存していたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  ところで、前掲甲第一号証によれば、協約第五〇条には、有給休暇の全部を一二月末日までにとらないときは、当該年度の未使用日数に限り、翌年度に繰り越すことができる旨が規定されているにすぎないことが認められる。

また、前述のとおり、協約第一一条にいう「勤務の中断が全くなかつた場合」とは、専従者の復職後の地位、賃金、有給休暇の権利については、専従期間も勤続年数と評価して取り扱うことを意味するにすぎず、専従者が復職した際、復職前の勤務期間と復職後の勤務期間とを接続して取り扱うものとは解されない。

3  以上述べたところによれば、原告は、昭和五〇年において残存していた四労働日の有給休暇を、復職後の昭和五四年一一月一日から同年一二月三一日までの間に、行使できないものというべきである。したがつて、原告の前記主張は採用することができない。

四  以上の次第であつて、前記二、三の各主張事実の存在を前提とする原告の本訴請求は、失当として、棄却すべきであるから、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤栄一 山崎杲 田川直之)

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